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大阪地方裁判所 昭和31年(ワ)1434号 判決 1964年5月14日

原告 高畠辰雄 外一名

被告 大阪市

主文

原告等の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は、原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は「被告は(一)、原告高畑辰雄に対し金四〇万円を支払え、(二)、原告河野已代次に対し、大阪市東淀川区十三西之町二丁目六六番地の一七、宅地一坪八合を明渡し、且つ金五〇万円を支払え、(三)、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

原告等訴訟代理人は、

原告高畠辰雄の請求原因として、

一、原告高畠辰雄は、大阪市北区西堀川町一八番地上、木造鉄板葺平家建住宅建坪一六坪三合三勺を所有していたところ、被告は都市計画事業施行のためこれを他に移築することとし、昭和二九年一〇月一日、「高畑辰夫」を名宛人とした代執行命令により収去した。同原告はこのように他人に対し発せられた命令によりその所有家屋を不法に収去せられたのである(かりに右命令が、同原告に対し発せられる筈のものを、被告が錯誤により氏名を誤記したものであるとしても、錯誤に基く行政処分は無効であるから、氏名を訂正した新たな命令を送達したのみでなければ適法に右家屋を収去できない)。

二、かりに右命令が同原告に対し発せられたものと認められるとしても、これによる家屋収去処分には次のような違法の点がある。

(イ)、当時右家屋には借家人が居住していたので、被告は先ずこれを立退かせる必要を生じ右借家人と交渉してその明渡を約させたが、その際被告は立退費用捻出のため借家人と通謀して行政代執行の形式をかりることとしたもので同原告に対し家屋収去を目的としてこれを発したものではないから、右代執行命令は虚偽表示に基く無効のものというべく、したがつてまた無効の命令により同原告所有の家屋を収去することは違法である。

(ロ)、ところで被告は右家屋を収去したのち、これを大阪市北区伊勢町二六番地の換地上に移築したが、同原告は移築が完成したのちも建物の引渡をうけていないし、また移築された建物は建築基準法違反のもので同原告において直ちにこれを改築する必要にせまられている。

三、右のような被告の不法行為により同原告は右家屋の時価相当額である金四〇万円及び従前の土地使用権を喪失したことにより借地権の時価相当額である金三〇〇万円の損害を蒙つたから、同原告は被告に対しその内金として金四〇万円の支払を求める。

と述べ、

原告河野已代次の請求原因として、

原告河野已代次は大阪市東淀川区十三西之町二丁目六番地の一七、宅地一坪八合を、昭和二四年五月一〇日頃前所有者の訴外谷川義夫から買受けてこれを所有し、かつ同地上に本造スレート葺平家建店舗用建物一棟を所有していたが、被告は昭和三〇年四月一二日都市計画事業のため右家屋を訴外河野幸吉の物件として行政代執行により不法に収去し、右家屋の時価相当額の金一五〇万円の損害を蒙らせ、また右家屋を収去したのち右土地を被告の道路として使用し、これを不法に占有している。

もつとも右家屋についてはその所有権が登記簿にも家屋台帳にも登載されていないが、被告は収去当時同原告がこれを所有していることを知つていたのであるから、訴外河野幸吉に対する命令によりこれを収去した処分には過失がある。

よつて同原告は被告に対し、所有権に基き右土地の明渡及び前記損害金合計金一五〇万円のうち金五〇万円の支払を求める。

と述べ、

被告の抗弁に対し、

一、被告の仮換地指定処分は無効である。

仮換地指定とは、その名のとおり従前の土地に対し換地予定地を与えるものであるのに被告は右土地につき何等換地予定地を指定していないから無効である。

二、右仮換地指定処分が有効と仮定した場合、同原告は右処分当時訴外谷川義夫から所有権移転登記をうけておらず、被告に対し所有権を対抗できないかも知れないが、被告は、同原告が地上建物を所有し、かつ右土地を所有していること、即ち少くとも右土地を適法に占有する権原を有することを知つていたのであるから、旧特別都市計画法所定の賃借権者又は他物権者と同様、同法第一三条第二項の通知その他の権利保護の手続をなすことなしに、その使用収益権を奪うことはできない。

と述べ、

被告指定代理人は、

原告高畠辰雄の請求原因に対する答弁として、

一、原告高畠がその主張のとおりの家屋を所有していたこと、大阪市長が右家屋を高畑辰夫の所有物件として行政代執行の方法により一旦収去して他に移築したことは認めるが、その余の事実は争う。

大阪市長は同原告に宛てた戒告書及び代執行令書に物件所有者を高畑辰夫と表示して代執行を行つたが、これは高畠辰雄と書くべきものを誤記したにすぎず、所有者の住所、物件の所在地、構造、坪数等の記載からみて同原告に対する命令であることは明らかで、同原告も自己宛の命令であることを認めていたから、この点において右処分に瑕疵はない。

二、右代執行命令は同原告に対しその家屋を移築するため発せられたもので、借家人との間の虚偽表示に基くものではない。

三、被告は同原告に対し移築した家屋の引渡を終えている。かりにこの家屋に建築基準法違反の点があるとしても、右家屋は、従前の土地上の家屋を換地上に従前どおり移築したというにすぎず、新築あるいは同法第三条第三項第三号の増改築修繕等の概念を容れる余地はなく、同法適用の際現に存する建築物というべきであるから同条第二項によりその適用を排除されるものである。

いずれにせよ同原告の請求は失当である。

と述べ、

原告河野已代次の請求原因に対する答弁及び抗弁として、

一、原告河野の主張する土地を、訴外谷川義夫が所有していたことは認めるが、その余の事実は争う。

かりに同原告が右訴外人から右土地を買受けたとしても、次のとおり右土地に対する一切の使用収益権を喪失した。被告は昭和二四年六月二四日、当時同土地の登記簿上の所有名義人であつた右訴外人に対し、特別都市計画法第一三条に基いて同訴外人所有の本件土地及び隣接の土地に対し一括して仮換地の指定をなし(特に本件土地についてだけいえば仮換地の指定はなかつた)、この結果同法第一四条により同訴外人及びその承継人である同原告は右指定の翌日から右土地に対する使用収益権を喪失した。右の事情は、おそくとも昭和三〇年七月一日頃、同原告が右訴外人と連名で右土地の分筆承認願を大阪市長あてに提出したときに、同原告にとつて明らかになつていたのである。

二、右土地上にあつた同原告の建物は、被告が現地において物件調査した結果同原告の親族である訴外河野幸吉の所有に属することを知り、昭和三〇年四月一三日代執行に着手しようとしたところ、同訴外人の申出により同訴外人自らが収去したもので、被告がこれを収去したことはない。

いずれにせよ同原告の請求は失当である。

と述べ、同原告の再抗弁事実を否認した。

証拠関係<省略>

理由

憲法施行後、国家賠償法施行前における、権力作用に基く、国、或は公共団体の責任を如何に解すべきかは、必ずしも定説をみないところであるが、昭和二二年一〇月二七日国家賠償法が施行されてからは、右の如き場合には、そのいずれの説によるも、同法が適用されるものと解され(即ち、適用法規不存在の故を以てこれを否定する説たると、民法の類相適用を認むべしとする説たるとを問わず、殊に後者においては国家賠償法は特別法の関係にあるものと解すべきであるが弁論の全趣旨によると、原告等はいずれも大阪市長なる被告の機関の不法行為を云為しているものと解される)、弁論の全趣旨によると、原告等はいずれも被告に対し国家賠償法上の責任を問うているものと解せられるところ、大阪市長名義を以てなした仮換地指定処分ないし行政代執行処分が機関委任事務としてこれをなしたものが、被告の代表者としてこれをなしたものか必ずしも明らかでないが、そのいずれにしても、右処分が不法行為に該当する場合には、被告は国家賠償法第一条、或は同法第三条によりその責を負うべきものというべきであるから、以下、大阪市長名義を以てなされた仮換地指定処分ないし行政代執行処分が違法であり、不法行為に該当するか否かについて判断する。

原告高畠辰雄の請求について、

一、原告高畠辰雄が大阪市北区西堀川町一八番地上、木造鉄板葺平家建住宅建坪一六坪三合三勺を所有していたが、昭和二九年一〇月一日大阪市長において右家屋を、「高畑辰夫」を物件所有者とした行政代執行命令により、一旦収去して他に移築したことは当事者間に争いがない。

ところで同原告は大阪市長は同原告以外の「高畑辰夫」なる者に対する代執行命令により同原告の所有物件を不法に収去したと主張する。もとより、行政処分においては、その明確性を尊ぶところから、表示自体が重視されなければならぬものであるが、その表示自体の意味するところから誤記であることが明白であり、且つその真意とするところが知りうる場合には、その意思とするところに従つて、その力を生ずるものと解すべきところ、成立に争のない甲第一、第二号証と同原告本人尋問の結果の一部を綜合すると、大阪市長は移転命令書及び代執行令書における物件所有者の表示を、「高畠辰雄」とすべきところを「高畑辰夫」及び「高畑辰雄」と誤記したにすぎず、右の誤記の程度、物件の所在地、構造、面積等の記載から、右命令が同原告に宛てなされたものであることは同原告も充分に了解していたことが認められるから同原告のこの点に関する主張は理由がない。

二、次に同原告は、右代執行は同原告の家屋収去を目的としたものではなく、当時同家屋に居住し被告に対し任意その明渡を約した借家人に対する移転費用を捻出するため、被告が借家人に対する移転費用を捻出するため、被告が借家人と通謀して代執行の形式をかりたもので、虚偽の意思表示による無効のものであると主張するが、同原告本人尋問の結果により、被告と借家人との間に直接明渡の交渉が行われたことが認められるものの、それ以上に借家人に対する移転費用捻出のため行政代執行の形式をかりたにすぎないことについては確証がなく、かえつて前顕甲第一、第二号証、証人山手実夫の証言により右代執行は同原告の家屋収去の目的でなされたことが認められる。

三、更に同原告は、移築された家屋の引渡をうけておらず、しかも移築された家屋自体に建築基準法違反の点があり直ちに改築する必要にせまられていると主張する。しかし、引渡の点については同原告本人尋問の結果中に「引渡の通知もうけていない」旨の供述があるものの、成立に争いのない甲第三号証により現に同原告が引渡をうけていることが認められるのと対比して措信し難い。次に建築基準法違反の点については、土地区画整理事業のため建築物を移築するとは、建築物を従前の土地から換地上に現状のまゝ移転するか、又は一旦解体するにしても移転先に従前どおりの建物を再築すること、すなわち従前の土地上の建物の状態を換地上に引継ぐことを言うのであるから、移転先においてはじめて(すなわち建築基準法適用後)建物を新築した(同法第三条第二項参照)とか、増改築修繕した(同条第三項第三号)とかの場合にはあたらず、従前の状態を再現するかぎり同法にしたがつた建築をなすことは要しないと解せられる。勿論換地上の建物が従前のそれより劣悪な状態で建てられているとか、移築によりはじめて建築基準法違反の状態を生じてその改築をせまられているとかの事情がある場合は、行政処分に瑕疵があり公共団体において賠償責任を負うこともあると考えられるが、右のような事情について原告本人尋問の結果中に若干これを推認させるものがあるものの、成立に争いのない甲第三号証、弁論の全趣旨によると真正に成立したものと認められる乙第六号証の一ないし六、証人下条研一の証言に照らし措信し難く、かえつて右各証拠によると換地上の建物は従前の建物の資材を使用し、若干これに必要な補強を施した程度のほゞ従前どおりの建物であることが認められ、かゝる場合それがかりに建築基準法に違反していても、被告は何らその義務違反の責を負わないというべきである。

結局、以上いずれの主張についても、その余の点につき判断するまでもなく同原告の主張は失当であり、その請求は理由がない。

原告河野已代次の請求について、

先ず土地明渡の請求につき判断する。

一、訴外谷川義夫が、もと大阪市東淀川区十三西之町二丁目六六番地の一七、宅地一坪八合を所有していたことは当事者間に争いがなく、官署作成部分につき成立に争いがなく、その余の部分も原告河野已代次本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第四号証、証人河野ささの証言、右原告本人尋問の結果により、同原告が、昭和二四年五月一〇日頃右訴外人から右土地を買受けたことが認められ、これに反する証拠はない。ところで、同原告は、右訴外人から右土地の所有権移転登記手続をうけていなかつたことを自陳しているところ、成立に争いのない乙第一号証の一ないし四、原告河野已代次の印影部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第三号証の一、大阪市役所の印影部分につき成立に争いがなく、その余の部分につき前同様成立を認める同号証の二、同じく弁論の全趣旨により成立の真正を認める同号証の三、四、成立に争いのない同号証の五、六及び弁論の全趣旨によると、大阪市長は昭和二四年六月二四日登記簿上の所有名義人である訴外谷川義夫を名宛人として、右土地及び附近の土地につき一括して換地予定地の指定をなしたこと、そして特に右土地についてだけいえばそれに対応する換地予定地はなかつたことが認められ、これに反する確証はない。そこで被告は、登記簿上の所有名義人を対象としてなした右処分により、登記名義人である訴外谷川も、その承継人である同原告も、右土地に対する一切の使用収益権を失つたと主張するのであるが、右のごとき行政処分は公共団体が権力的手段で行うものであるから私人間の取引安全を保障するために設けられた民法第一七七条は適用がなく(最高判、昭和二八年二月一八日、集七巻二号一五七頁)、登記簿の記載にかゝわらず真の所有者を名宛人としないかぎりその処分には瑕疵がある。

しかしながら、土地区画整理の施行者が数多くの土地について、一々その真実の所有関係を審査して通知をすることは殆んど不可能に近いことであるから、登記簿上の所有名義人を一応真実の所有者と認めてこれに対して指定の通知をなすことはやむをえない措置であつて、換地予定地指定の通知は、ひつきよう、真実の所有者に対して通知をなす意思を以てなされたものと認むべきのみならず、換地予定地の指定は、土地区画整理の必要に勘案し、専ら土地の位置、形状、広状、地価等土地自体の具有する諸条件に着目してなされる、いわゆる対物処分たる性格を多分に具有するものであるから、土地の所有権がすでに譲渡せられながら、未だその移転登記がなされていない場合、登記簿上の所有名義人に対し換地予定地の指定通知がなされたからといつて、右処分を以て直ちに無効と解することはできないのみならず、真の土地所有権者において右処分を知り、又は知り得べかりし時に右瑕疵は治愈されたものと解するのを相当とするところ、証人河野ささの証言、原告河野已代次本人尋問の結果を綜合すると、同原告は少くとも昭和二六年春には右土地につき仮換地指定処分がなされていることを知つていたものと認められ、他に右認定を覆すに足る確証はないから右仮換地指定処分はこの時を以て同原告に対しても一応適法にその効力を生じたものというべきである。

二、ところで同原告は右指定処分は換地予定地が指定せられていないから無効であると主張する。なるほど、前記認定のとおり、訴外谷川義夫に対する換地予定地の指定は数筆の土地を一括して一個の換地予定地が指定せられ、本件土地のみについて考えれば、特に換地予定地の指定がなさなかつたのであり、しかも前記仮換地処分がなされた当時の真の所有者は原告河野已代次であつたのであるから、本件土地についての処分については右原告に関し、即ち本件土地のみに関しその適否を観察すべきものと解すべきところ、右土地の坪数はわずか一坪八合にすぎないのであるから、特別都市計画法第七条第一項により過少宅地として換地予定地を指定することなく、清算金を交付するを以て足るのであるが、それについては土地区画整理委員会の意見を聴することを要するところ、前段認定の事実関係のもとにおいては、大阪市長はその意見を聴していないことを推測するに難くないから、この手続には瑕疵があるものというべきであるが、右委員会は単なる諮問機関であるにすぎず、右意見の聴取は行政機関の単独の権限を制限する趣旨のものではないと解するのを相当とするから、形式上の瑕疵は、その効力に影響を及ぼさないものというべきである。よつて、同原告の右主張も理由がない。

三、さらに同原告は登記名義を有しないことにより被告に対しその所有権を対抗し得なくても、実体上その所有権を有することにより右土地を適法に占有し、被告もこれを知つていたから、旧特別都市計画法上の地上権者賃借権同様の保護を与えられずにその使用収益権を奪われることはないと主張するが、こゝに言う賃借権等と同様の占有権原とは所有権にほかならず、その場合もその理由のないことは前説示により自ら明らかである。

そして、仮換地指定の有無は前段説示のとおり、原告河野已代次に対する関係、即ち本件土地についてのみ判断すべきところ、右土地については換地予定地が指定せられなかつたのであるから、かかる場合には、当然には、従来の土地の使用収益の停止の効果を生じないものと解すべきであるが(特別都市計画法には、換地予定地が指定された場合の使用収益権の喪失については規定があるが、右の場合には何等の規定も存在しない)、同法の精神に徴すると、区画整理施行者において、土地の区画形質の変更、若くは公共施設の新設変更等に係る工事に着手しようとするとき、例えば該地上に建物が建設せられている場合、その移転時期を定めて移転命令が発せられたときには、右時期の翌日以後は、その土地所有者はその使用収益権を喪失するものと解するのを相当とするところ、成立に争のない甲第一一号証によると、原告河野已代次は昭和二九年一一月一九日以後右土地に対する使用収益権を喪失し、以後被告においてその占有管理の権限を有するものというべきである、よつてその余の点につき判断するまでもなく同原告の被告に対する右土地明渡の請求は失当である。

次に損害賠償の請求について判断する。

右甲第一一号証、証人福田信雄の証言の一部、同河野幸吉、同河野ささの各証言、原告河野已代次本人尋問の結果によると、被告は、昭和三〇年四月一三日、前記土地上にある木造スレート葺平家建店舖用建物一棟を、土地区画整理事業のため、訴外河野幸吉に対する代執行命令により収去したことが認められる。被告は右収去は右訴外人において自発的になしたもので、行政代執行によりなしたものでないと主張し、成立に争いのない乙第八号証の一、二、同第九、第一〇号証、証人福田信雄の証言の一部、同山手実夫、大高修の各証言はこれに添うものであるが前顕各証拠に照らし措信し難い。前顕各証拠及び前記乙第八の一、第九号証のうち契約日附の部分により、右収去当日右訴外人が執行現場へ赴りたときは被告の請負人により家屋の取毀が始つており、被告の吏員である訴外山手実夫から代執行によつたのでは補償金が得られないと説明され、執行終了後に被告と右家屋を自ら移転する旨の契約を終結したものであることが認められる。右認定を左右するに足る確証はない。ところで同原告は、右家屋は同原告の所有に属し、被告もこれを知りながら訴外河野幸吉に対する代執行命令により不法に収去したと主張する。証人河野幸吉、同河野ささ及び原告河野已代次本人はいずれも右家屋は同原告の所有に属する旨供述するのであるが、右供述は成立に争のない乙第八号証の一、二、同第九、第一〇号と証人河野幸吉の証言の一部、大高修、同山手実夫の証言と対比すると、直ちに右所有権認定の確証とはなし難く、却つて、右各証拠によると、右家屋は訴外河野幸吉の所有に属することが推測されるのみならず、たとえ、右家屋が同原告の所有に属するものとしても、前記甲第九ないし第一一号証、証人河野幸吉、同河野ささの各証言の一部、証人山手実夫、同大高修の各証言、原告河野已代次本人尋問の結果の一部並びに弁論の全趣旨を綜合すると、右家屋は登記簿上にも、家屋台帳にも登載せられず、しかもこれに対する固定資産税も何人もこれを納付していなかつたため、大阪市においてはその所有権者を公簿上確定することができなかつたので、現地において物件調査をなした結果、訴外河野幸吉を右家屋の所有権者と確定し、右訴外人に対し、右家屋を昭和二九年一一月一八日限り除却すべき旨の戒告書を発し、被告大阪市の係員は右訴外人、或はその養父たる原告河野已代次とその任意取毀につき交渉してきたのであるが、その間同人等は養親子の関係にあつたので、右家屋の除却についても互に連絡相談してその善後策を講じていたものであるが、同人等において、右家屋が同原告の所有に属する旨申述べて、右戒告に対し異議を述べたことはなく、しかも、同人等は、一応、右除却の補償金として、金三五万円を受領することを諒承していたもので、ただ、その立退期限につき異論があり、容易に立退をしようとしなかつたものであること、そこで、大阪市長は行政代執行をなす必要に迫られ、昭和三〇年四月一二日右訴外人を名宛人として、翌一三日右家屋除却の代執行をなす旨の代執行をなす旨の代執行令書を右訴外人方に送達したのであるが、たまたま右訴外人が不在であつたので、同人の妻(原告河野已代次の娘)は訴外人に右一二日その旨の連絡をしたことが認められ、右認定に反する証人河野幸吉、同河野ささ、原告河野已代次本人の供述は前顕各証拠に照し措信し難く、他に右認定を覆すに足る確証はない。そして、右認定事実、特に原告河野已代次においても右家屋に対する除却の戒告がなされていることを古くから知つており、同原告及びその養子たる前記訴外人の共通の問題として深い関心が払われていた事実と、もし右家屋が右訴外人のものではなく、原告河野已代次の所有に属するものとすれば、代執行がなされるということは、右訴外人よりも、むしろ、同原告にとつて、重大関心事であつた事実、右訴外人の妻が右原告の娘である事実とに徴すると、同女は訴外人のみならず、原告河野已代次に対しても即時その旨の連絡をなしたものと推認するのを相当とすべく、右認定に反する証人河野幸吉、同河野ささ、原告河野已代次本人の供述は右事実関係のもとにおいては到底措信し難く、他に右認定を覆すに足る確証はない。もとより、家屋除却の戒告、或はその行政代執行処分はその真実の権利者を名宛人としてなさるべきものであり、それを誤つた場合には、その行政処分には瑕疵があるものというべきであるが、前記認定の事情のもとになされた右戒告並びに行政代執行処分においては右瑕疵は無効事由たるべき重大かつ明白なものということはできず、たかだか取消事由となるにすぎないものというべきであるが、それは当該行政庁たる大阪市長が真の所有者に対し行政処分をなす趣旨のものであることは目的論的にも明らかであり、原告河野已代次も亦、右家屋の除却の戒告、或は行政代執行処分のなされていることを熟知していたのであるから、右行政処分に存在していた瑕疵は、同原告において右行政処分がなされたことを知つた時に、治愈せられ、以後適法に同原告にその効力を及ぼすものというべきである。そうすると、他に違法事由あることを主張しない本件においては(右行政代執行処分の前提たるべき仮換地指定処分も結局適法であることは前説示のとおりである)、右行政代執行処分は適法なものというべく、原告河野已代次はこれにより何等の権利侵害をも蒙つていないものといわねばならない。

そして、たとえ、家屋除却の戒告或はその行政代執行処分の名宛人についての瑕疵が右事由によつては未だ治愈せられるものではないとしても、右家屋の所有権者を確定することは前認定のとおり相当困難な状況にあり、しかも前記の如く河野已代次において長年月に亘り大阪市長が右所有権者を誤認していることを知悉しながらこれに対し何等の異議を述べず、所有権者誤認のまま行政処分のなされることを認容していた場合には、その違法を主張して、権利侵害を云々することは信義則上許されないものと解すべきである。

よつて所有名義を誤つたことを理由とする損害賠償の請求は爾余の争点につき判断をなすまでもなく失当である。

以上のとおり原告等の請求は全部理由がないから棄却することとし、民事訴訟法第八九条第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大野千里 高田政彦 岨野悌介)

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